戦前の略字体

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 戦後「当用漢字」(現在の「常用漢字」)に採用された略字体は、戦後になつて創作されたものでせうか。確かに、一部にそのやうなものもありましたが、多くは戦前から広く用ゐられてきた字体です。その中から一部を紹介します。

 図中、赤い丸が略字体、青い丸が正字体です。

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 某リサイクルショップでは紙屑扱ひとしてロハでもらつてきたのですが、何と表紙には「(第九十囘帝國議會提出)(改第二[号乕]) 昭和二十一年度改定歳入歳出總豫算追加」とありました。

 通貨単位の「円」の文字は、略字体の「円」と、別のページでは正字体の「圓」も混ぜて使はれてゐました。経費の「経」も同様で、正字体と略字体が混ざつてゐます。

 また、これからわかるやうに、之繞は手書きでは点が一つでよいのです。点が二つになるのは明朝体やゴシック体のような活字体で、手書きや毛筆体は戦前でも点一つが主流でした。

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 「受驗戰」昭和十二年二月號(英語通信社 發行)より。

 「断」「験」「児」などの略字が使はれてゐます。

 また、活字体と違ひ、手書きでは「者」の「ノ」と「日」の間に付く点が付かないことが多いのに注意。

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 「洋裁春秋」昭和十五年一月十日発行(洋裁春秋社)より。

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 「家務整理 ―ラヂオ夏期講習―」昭和二年七月二十二日発行(東京中央放送局)より。

 NHKのラジオ講座のテキストはこんな昔からあつたのです。かういふ婦人向けの本や雑誌もいろいろありました。

 戦前の手書きの文字を見ると、この「図」といふ略字も広く使はれてゐたことがわかります。

戦前の略字と、戦後の「当用漢字」「常用漢字」の違ひ

 「戦前にも略字体があつたのだから、『常用漢字』の簡易字体を旧漢字に戻す必要はない」と主張する人がゐます。

 しかし、戦前の「略字体」と、戦後の「当用漢字」「常用漢字」の「簡易字体」は、同じ字体だとしても、位置附けは大きく異なります。

 戦前は、本音としては手書きの文字で「体」「画」「双」「図」等と書く事がしばしばありましたが、建前としてはあくまでも「體」「畫」「雙」「圖」が「正式な漢字」でした(私達が手書きでは「第」を「㐧」と書いたり、門構への附く漢字を省略して書くとしても、改まつた文章や活字体では省略せず書くのと同じ事です)。

 ところが戦後の「当用漢字」「常用漢字」では、「体」「画」「双」「図」を「正式な字」に格上げして、「體」「畫」「雙」「圖」は「特殊な用途にしか使用しない字」として排除したのです。

 常用漢字に慣れた人、普段略字を多用する人であつても、もし小学校の教科書で「第」を排除して「㐧」を正式な漢字に格上げしたり、門構へを「門」の形ではなく略字にすると決まつたら、反対する人もゐるのではありませんか。いはゆる「旧漢字」を「正字」「正漢字」と呼んで大事にする人の感覚とは、これに近いものです。

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